岡本 太郎 「呼ぶ」 Taro Okaoto
- 管理No.※Sold※
- 作家名岡本 太郎 (Taro Okaoto)
- 作品名呼ぶ
- 年 代1976年
- 技 法リトグラフ (Lithograph)
- サイズ61cm×37cm(I)
- レゾネ
- 体 裁シート
- 備 考※売約済※
- この作品は売約済みまたは販売済みです。
岡本 太郎 (おかもと たろう) 1911~1996
1911年 東京に生まれる。岡本一平・かの子の長男
東京美術学校に入学後,1930~1940年までパリに住む
数々の芸術運動に参加する一方,パリ大学で哲学・社会学・民族学を専攻
ジョルジュ・バタイユらと親交を深める
復員後,創作活動を再開。現代芸術の旗手として次々と話題作を発表した
1952年 「縄文土器論」
1953年 パリ,ニューヨーク,ワシントンで個展を開催
1959年 国際建築絵画大賞
1960年 「忘れられた日本/沖縄文化論」毎日出版文化賞
1970年 大阪万博テーマ館「太陽の塔」は国際的な話題となった
1989年 7月,フランス政府よりフランス芸術文化勲章を受賞
10月,福井県宮崎村村制100年を記念し,越前陶芸村公園に「月の顔」を制作
1991年 4~6月,川崎市民ミュージアムにて「川崎が生んだ鬼オ-岡本太郎」展が開催される
5月,東京都庁の新宿移転により,1956年に制作した壁画が保存連動の甲斐なく取り壊される
11~12月,一二指腸潰瘍で慶応病院に入院。12月,川崎市に主要作品を寄贈
1993年 4月,浦和市舞浜の公園正面に「躍動の門」・モニュメント「五大陸」を制作
4~7月,川崎市民ミュージアムにて「TARO万華鏡-岡本太郎の華麗なる創造世界」展が開催される
川崎市名誉市民となる
1995年 8月,川崎市とどろきアリーナに6面のレリーフ壁画を制作
11月,広島市現代美術館にて翌年1月まで「岡本太郎」展 が開催される
1996年 1月7日,急性呼吸不全のため,慶應義塾大学病院にて死去 享年84歳
文筆活動も多く,著書として「岡本太郎の本」1~5(みすず書房)「今日の芸術」(光文社)等がある
1999年 神奈川県川崎市多摩区の生田緑地内に,川崎市岡本太郎美術館開館
2006年 7月7日,大作の壁画「明日の神話」が汐留日テレプラザにて初公開される
これを期に,岡本太郎ブームが再燃する(Be TAROと呼んでいる)