福沢 一郎 「闘牛士」 Ichiro Fukuzawa
- 管理No.※Sold※
- 作家名福沢 一郎 (Ichiro Fukuzawa)
- 作品名闘牛士 (Bullfighter)
- 年 代
- 技 法リトグラフ (Lithograph)
- サイズ56cm×49cm(I)
- レゾネ
- 体 裁額装
- 備 考※売約済※
- この作品は売約済みまたは販売済みです。
福沢 一郎 (ふくざわ いちろう) 1898~1992
1898年 1月18日,群馬県北甘楽郡富岡町(現,富岡市)に生まれる
1918年 東京帝国大学文学部へ入学 / 大学から遠ざかり,朝倉文夫に入門,彫刻を学ぶ
1919年 アトリエを設け,第4回帝展彫刻部に「酔漢」が入選
1924年 彫刻研究を目的に,渡仏 / 木内克,森口多里らと親交する一方,エコール・ド・パリの空気に触れるなかで
次第に絵画への関心を強め,サロン・ドートンヌに「ブルターニュ風景」が入選
1931年 第一回独立美術協会展(東京府美術館)に滞欧作が特別陳列
1939年 独立美術協会を脱会し,美術文化協会を結成
1941年 治安維持法違反の嫌疑により逮捕され,世田谷署に拘置される
1945年 東京大空襲の後軽井沢に家族と共に疎開
1947年 日本アヴァンギャルド美術家クラブの結成に参加
1949年 美術文化協会を脱退
1952年 文化自由委員会の日本代表として国際フェスティバルに参加するため渡仏
1953年 フランスからブラジルへ渡り,サンパウロ・ベレンなどの街に滞在
1954年 帰国 / 美術文化協会に再入会
1956年 読売新聞ベストスリー美術部門に挙げられる
1957年 美術文化協会を再度脱会し,無所属となる / 新象作家協会が結成
1960年 多摩美術大学客員教授となる
1961年 横浜成美学園新館玄関にデコラによるモザイク風壁画を制作
1964年 女子美術大学教授となる
1965年 渡米 / アメリカ留学中の長男夫妻を訪ね,ニューヨークに移り制作に励む
1968年 多摩美術大学学長事務取扱となる
1969年 多摩美術大学学長事務取扱及び理事,教授を辞する
1972年 富岡市名誉市民となる
1976年 「福沢一郎展」開催 (群馬県立近代美術館)
1978年 文化功労者に選ばれる
1982年 高崎駅ターミナルビルの西口に原画「だるまの詩」による陶板壁画完成
1988年 「福沢一郎展」開催 (群馬県立近代美術館,世田谷美術館)
1991年 文化勲章受章
1992年 逝去 享年94歳 / 「文化勲章受章記念 福沢一郎展」開催 (群馬県立近代美術館)