サルバドール・ダリ 「昆虫の不死の処方」 Salvador Dali
- 管理No.16-10395
- 作家名サルバドール・ダリ (Salvador Dali)
- 作品名昆虫の不死の処方
- 年 代1973年
- 技 法エッチング (Etching)
- サイズ41.5×31.5cm(I)
- レゾネM&L.568
- 体 裁シート
- 備 考サイン/ED.210部/「不死の十種の処方」より/コンディション良好/57.5×39.5cm(S)
サルバドール・ダリ (Salvador Dali) 1904~1989
1904年 5月11日,スペイン カタルーニャ東北部フィゲラスに生まれる
1910年 最初の油絵 (風景画) を描く
1914年 聖マリア修道会学校に進む / ラモン・ピチョートの芸術的感化を受ける
1917年 版画学校教師,フアン・ヌーニネスの指導を受ける
1918年 フィゲラスの市立劇場に作品が展示される
1921年 マドリード王立美術学校入学
1922年 10月,バルセロナのダルマウ画廊での学生グループ展に出品「キャバレーの情景」
1923年 イタリアの画家,キリコなどの影響を受ける
1924年 学生を扇動した理由で1年間の停学処分 / 5月には,反政府活動の疑いでフィゲラスとヘロナで短期間投獄される
1925年 復学。11月,バルセロナのダルマウ画廊で最初の個展開催
フェルメールの写実主義,ピカソの新古典主義やキュビスムなどの影響のもと,「パンとクルミ」を制作
1926年 ピカソに会う。10月,美術史の答案提出を拒み放校処分 / ダルマウ画廊で,2度目の個展を開く
1927年 フロイトの精神分析学を読む / パリのシュルレアリスムの影響もみられる
1928年 ピッツバーグで国際美術展が開催され「パン籠」「アナ・マリア」などを出品
翌年にかけ,パリに滞在 / ミロを通じ,シュルレアリスム・グループの詩人や画家たちに紹介される
1929年 夏,カダケスのダリのもとへポール・エリュアールとガラ夫妻らが訪問しダリとガラは恋に落ち,生涯の伴侶となる
ブニュエルと共同で前衛映画「アンダルシアの犬」を制作し,パリで上映 / ゴーマン画廊で,パリ初個展開催
ブルトンがカタログに序文を書き,正式にシュルレアリスムの一員となる
1930年 ブニュエルとの共同制作映画「黄金時代」が上映禁止となる
スペインの建築家,ガウディやオランダのフェルメールなどに影響を受け「二重像(ダブルイメージ)」を描き始める
1931年 「記憶の固執」など,柔らかい時計の現れる作品を描き始める
1932年 ミレーの「晩鐘」をテーマとする一連の作品を描く / 「象徴的機能をもつシュルレアリスム的オブジェ」制作
1933年 アメリカ,ニューヨークで最初の個展を開催
1934年 ロンドンでの初個展開催 / シュルレアリスムグループから除名される
1936年 「抽き出しのあるミロのヴィーナス」を制作 / 7月,スペイン内乱勃発
1937年 日本の美術雑誌‐「みづゑ」で,作品8点が紹介される
1938年 ロンドンでフロイトに会う
1939年 バレエなどの台本を書き,衣装および舞台装置をデザインする
1941年 ニューヨーク近代美術館で,初の大回顧展開催
1942年 自伝「サルバドール・ダリの秘められた生涯」出版
1944年 最初の小説「隠された顔」出版
1945年 広島に原爆投下のニュースに衝撃を受ける
1946年 セルバンテスの「ドン・キホーテ」の為に,挿絵を描く
1947年 ビキニの原水爆実験に関連を持つ「ビキニの三つのスフィンクス」を制作
1948年 アメリカからポルト・リガートに帰り,歓迎を受ける / 古典主義的,または宗教的作品を制作し始める
1949年 ガラをモデルに「ポルト・リガートの聖母」を描き,ローマ法王ピオ十二世に献上する
1951年 「ジャック・ウォーナー夫人の肖像」を制作
1952年 ダンテの「神曲」の挿し絵100点を制作
1955年 「最後の晩餐」を制作 / パリ大学,ソルボンヌで「偏執狂的‐批判的方法の現象学的局面」について講演
1957年 「ダンス」弾丸主義と呼ばれる方法で石版画集「ドン・キホーテ」制作
1958年 新たにガラと宗教的結婚をする
1962年 「テトゥアンの大会戦」制作
1963年 パリで「ミレーの晩鐘の悲劇的神話」を出版 / ニューヨークのノードラー画廊にて展覧会 / 「死んだ兄の肖像」制作
1964年 東京・名古屋・京都で,回顧展開催 / 「天才の日記」刊行 / 国王より,イザべラ・ラ・カトリカ大十字勲章を授与される
1967年 「白鳥=象」を制作
1968年 「カルメン」と「サド公爵」の挿絵入り本を出版
1970年 生地,フィゲラスのダリ劇場美術館着工
1971年 アメリカのクリーヴランドのダリ美術館創設される
1972年 ニューヨークのノドラー画廊で初めて三次元作品の展覧会を開く / 東京で「ダリ版画」展を開催
1974年 フィゲラスのダリ劇場美術館開館
1975年 東京国立近代美術館で開かれた「シュルレアリスム」展に出品
1977年 「かたつむりと天使」 「時間のプロフィール」を制作
1978年 ニューヨークの美術館で,最初の超立体視絵画 「ヴィーナスの誕生をガラに見せるために地中海の皮膚をめくるダリ」を展示
1979年 パリのポンピドゥ・センターの国立近代美術館で,フランス最初の大規模なサルバドール・ダリ回顧展開催
1980年 「宇宙象」 「炎の女」など制作
1982年 スペイン国王より大十字勲章を授与される / 妻,ガラ死去 / ダリは,プボルの館で悲歎・憔悴の日々を送る
1984年 火災に遭い全身に火傷を負う / バルセロナの市立病院に入院
1989年 1月23日,フィゲラスで逝去 享年84歳 / フィゲラスのダリ劇場美術館に埋葬される